■ Ray 氏との出会いについては、このHP上にもUPしてございますが、ご紹介を受けて初めて御目に
かかれたのは、私のNY訪問中でした。当日、まず初めに音楽的な多くのご質問を受けました。
その後、丁度当日ジャムセッション日であったBlue Noteへ移動しました。
後から伺った事ですが、彼は事前にBlueNoteのスケジュールを御確認下さっていました。
移動のタクシー内で、”何か歌ってくれますか?”と御話下さり、”I Remember You”と”What’s New”
を歌いました。ライブハウスに到着し、ハウスバンドの1stステージが終ると、"君歌いたい?”と聞かれて、
私は”今日は御目にかかれてお話出来だけで光栄でした。とお答えしました。
ところが彼は、すぐさま席を立たれてお店の奥へ入って行かれ、戻られると、そのまま御自身で
ステージに向かわれて、”君歌うよ。”と私を呼ばれたのでした。ハウスバンドのメンバー2名と
Ray氏のTrioで共演、という大変な驚きのハプニングとなりました。
今から思うと、数々のご質問もタクシーの中でのアカペラも、彼のオーディションだったのかも知れません。。

 今でこそ、Ray氏の御人柄で、”Kettyはgood friend ”と御話くださいますが、
私が氏を尊敬する気持ちは、初めて御目にかかれた時から今日まで、そして今後も何一つ変わる事はありません。。

 私は歌う事を職業に決めてスタートして後、”いつかリリース出来るなら、初めてのアルバムはピアノとデゥオで。”
と決めていたものの、その共演者は、もっと私の身近にいるアーティストと予測していました。
CD:蓮HASUの製作には、ご紹介者の御話を受けて、ご相談と手順を経て共演が決まったものですが、
思いがけず偉大なるアーティストとの出会いに恵まれ、デビューアルバムを製作する事となり、
私自身が一番に驚き、又大変な光栄に与りました。

 昨年度作のデビューアルバム”蓮:HASU"は、Ray氏の大きな心と皆様の励ましに支えられ、
製作を完成させる事が出来ました。 仮マスターをNYのご自宅に郵送させて頂き、御試聴を頂いて、
OKを頂いた時の安堵感を思い出します。その後、御電話でCDへのメッセージを頂き、感無量でした。
(CDのライナーノーツに掲載させて頂きました。)

 ”Golden Earrings”の録音は、Ray Bryant氏の粋なアイデアのビッグプレゼントでした。
蓮:HASUの録音は、当初より自主製作により具現化する御話でしたが、プロデゥースの経験のない私一人が
過大なタスクの責任を全て担うには、未知の世界へTryする勇気と決断を必要とするものでした。
何より最終ゴールを見通す力がありません。試行錯誤による一歩ずつの前進しかありません。
孤独の深淵を歩いているかの様、停滞した時期もありました。苦しい日々でした。

 この作品製作の一つの目的に早くに亡くした両親へ贈る記録として、
又、彼等が生前に御世話を頂いた友人知人の皆様へ感謝の気持ちを形にして贈りたい、という願いがありました。
この事はRay氏も周囲の方も終始どなたも御存じなく、私一人で心の中で決めていました。
その思いがなければ、私は完走出来なかったと思います。

 自身では、セルフプロデゥースとは音楽上の全てを統括する(全領域を視野に置く)事を基盤に、
製作費用、全責任、周囲と自らの重圧に耐えてタスクをクリアーし最後まで完走する事ではないかと感じます。
一番大切なのは、一つ一つを決断する為に自分の感性(感覚)を信じる事ではないかと思います。 
一つ一つの決定には、相当の気力、体力、忍耐を必要とするものでした。 
相当の、という意味には、初めてには初めてにふさわしい苦労があるという事に他なりません。。 
分野毎のプロの皆様のご協力とアドバイスに助けられ、1つの製作の完成を目指すには、
皆様とのハーモニー(協調)は不可欠な要素です。
どの一つが欠けても美しい円(形)にならないのです。。何事も一人では出来ません。

 当時、”蓮HASU”の出版の実現は私の他には居ませんでした。
2003年に収録し、2年の期間を経て、(その間には家から1歩も出られない3ヶ月間というブラックホールに落ち、
製作に悩み停滞も経験致しました。。)やっと、去年公式にリリース出来ましたが、私の命を2年費やした作品で、
それまでを生きてきたKetty-Kの記録です。大げさに響くかも知れませんが、
小さな私にとっては、どんな事柄にも大きな苦労を伴うのが現実です。現実は厳しいものですね。

 デビューの録音は奇蹟の共演とも評されて、私も同じ思いです。歌は新人の初めての録音らしく、緊張の内に
収録した当時の精一杯でした。然しながら、たった1度(1曲について1回)のリハーサルにも関わらず、
とても歌い易く、イントロを聞くやすぐに頭の中にメロディーが浮かびさらさらと歌い始めていました。
私には何一つ不安がありません。 全てはRay Bryant氏のパーソナリティー溢れる演奏と伴奏所以でした。
録音は短時間でしたが、”great ”を体感した時間でした。
リハーサルから収録の最後まで、Ray氏は1枚の楽譜もご覧になりません。
Keyと構成とテンポを私がお伝えする。−−それだけの収録です。 
歌いながら、私は大きな器に注がれ満たされていく水になりたいと思いました。 
 
 録音毎の試聴の時も、次の曲へ移行する際の簡単な会話にも、休憩の時間にも一度もRay氏の笑顔を見ません。
収録だけに集中した時間が淡々と流れて行きました。
 最後に録音した”ゴールデン・イアリングス”を試聴して、二人共に ”Beautiful.”と自然に笑みがこぼれました。
リハーサル1日と2日の収録の間、スタジオでこの時初めてRay氏の笑顔を拝見したと記憶しています。
張詰めていた気持ちが溶け、ほっとしたの事を思い出します。

 今後の学習課題が尽きる事はないと自負していますが、もとより自分の世界に最終ゴールは無いような
気が致します。いつも何か形になるか、或いは頭の中で考えた時点で完結するや、次の事を考えています。
別の言い方をすれば、苦労の末に、『今はもうこれが限界かなぁ。。』と、自分を納得させたのも束の間、
もう新しい何かを考えています。自分にとってそれは、子供の遊びのように非常に楽しい自然な事なのですが、
いざ具現化となると多くの段階を踏まねばならない。又、発表と同時に結果の評価を受けて、温かい風もあれば
冷たい風にさらされる事も覚悟しなければならない。 作品に理解を得る事は、自身に理解を得る事で、
そこには作品自体の良し悪しとは別の価値が存在します。 もっと根本にあるソウルに焦点をあてた理解です。
 自分が理解されずに居る事は苦しく、困難にも遭遇するものです。、
それは製作者のみならず、誰にでも思い当る事があるのではないかと思います。
でも、それを畏れていては前に進まない。新しいものは生まれて行かないようにも感じます。。

 Ketty-Kの音楽に何かを共感してくださって、励まし応援して下さる方がいらしてこそ、
音楽活動も継続できると思います。。
私にとって無気力からの停滞は退屈を生み、それは一番の怖れです。
(病気も怖いけれど。。小児喘息が大人になって再発し2度の入院。臨死体験致しました。。
三輪車で花の木立を走り抜ける、屈託のない私の笑顔が見えました。ーーちょっと話題が逸れましたね・・。)

 誰か一人にでも、私の歌を心で受け止め聴いてくださる方が居る限り歌いたいと思いますが、
どうなるかしら。。不安もございます。。いつも最後に思う事は・・ 
 == It's Up To God.! ===  神様次第という事なのでしょうか。。

 今回の”SAY IT ”の製作も、簡単な事は何一つありません。
敢えて話すなら歌うのが一番楽だったかな・・でも簡単という事ではありません。まだまだ未熟な私です。
プロデゥースは、慣れるという成果のない領域ではないかな、と思います。。いつも新しい何かを求めています。
 それでも創造する事、製作する事は楽しい。*! 私には極めて自然な活動であるように思います。
2ndアルバム"SAY IT "を今やっとリリース出来る事を喜びに思い、
一人でも多くの方に聴いて頂けたらなぁ、と思います。私の思いが届きますように*
今後、Ketty-Kはどうなっていくのか全く解りませんが(OO) -- 皆様と何かが共感出来れば幸せです。*! 
分かち合う素晴らしさ。。です。

最後に、何事も健康より大切なものはありません。精神の健全も大切です。
不幸にして健康を維持出来ない時期も、少しでも現状をより良くKeepする工夫で   、
”SAY IT” の収録曲にある ”Bye Bye Blues” ブルースよ、さようなら!
 (泣いてなんかいられない。)−−と、頑張りたいものですね。*     
”Be Happy More..!” 〜皆様の幸せを祷って。。
 * From Ketty-K
                     
最後まで御読み頂いた方へ。   両親の事。                      

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Ketty-K の 手紙 2006.10.20.

 

日記も掲示板も設置せず、フアンの皆様にも思いを吐露する事のない私の初めての手紙です。

『蓮の葉を 糸にして編む羽衣の 光に包まれ 天に舞い逝く 』 
My mother wore a celestial robe woven with thread made from lotus leaves.
She ascended to heaven, surrounded in light.

*蓮の名前になった母*

1stアルバム”蓮:HASU〜ケティー・ケィ ミーツ レイ・ブライアント〜”は、両親が私に残してくれたものを、形にしたものです。
初めての自主製作アルバムで、 レーベル gemeaux (ジェモー:双子座)を地元・武蔵野市で立ち上げ、出版する事が出来ました。。
当時、録音はスムースに終了したものの、出版まで2年を費やし相当の苦労を致しましたが、
彼等から与えられた命への感謝の思いが完走の原動力でした。 大好きだった両親に届く事を願って。そして皆様の心にも。。 



              〜1stアルバム”蓮:HASU"の共演者:Ray Bryant氏へ敬意を表して。〜

Ketty-K